公営塾講師として、国東市に赴任してきておよそ半年。
人生の結構な割合を大分市で過ごしてきた者にとって、国東は実感のない
遠い世界でだった。(実際、大分と国東の交通の便は非常に悪い)
ところが、短い時間ではあるが、国東の地で生活をしてきて、
ここが極めてチャーミングな土地であると感じ始めている。
* * * * *
大分県は見た目が九州に似ている。
おそらく多くの大分県民はそう感じている。
一方、大分なんぞにはハナもひっかけないであろう他県の人にとっては
そんなことは思いもよらないことだろうし、まったくもってどうでもいいことだろう。
ともすれば『大分は何を思い上がっているんだ』と思われるかもしれない。
大分県人の間でも、大分県のことを、(九州が)「ちょっと曲がった感じ」やら
「ソファに体を投げ出してくつろいでいる感じ」やら
「脇腹を痛めて身を屈めている感じ」やら、いろいろな受け取り方がある。
しかし、奥日田(大山・前津江・中津江・上津江)あたりを九州島における長崎県、
県南のリアス海岸エリア(佐賀関半島〜鶴見半島)あたりを鹿児島県に
なぞらえている(半島の数は合わないが)ことは一致している。
そしてなにより、九州との比較の中で、大分における国東半島は、
九州島においても国東半島として認識されている。
国東半島は、どこまでいっても国東半島なのである。
それだけ国東半島の見た目の印象が大きいということであり、
その特徴は円錐形のフォルムである。
半島中央部の両子山(ふたごさん・標高720m)を中心に、浸食によって、
放射状にいくつもの谷が形成され、その谷ごとに集落がある。
円錐形の土地を侵食し、谷を形成した川の流れはまことに頑固で、
源流部を発したのちは、他と交わろうともせずに、
まっすぐ海岸線を目指している。
その様は、まるで大河になることなぞなんの価値もないと考えているようで、
その結果、近現代的な整備を施された国東の多くの川は、
ともすればただの排水路にしか見えない程度にひっそりと流れている。
川の両岸には堆積平野が広がる。
とくに国東市のある半島東部は地形が平坦で、
それが谷であるとは感じさせない程度には幅がある。
その平野は半島中央部から海岸線付近まで伸びた尾根に縁取られていて、
幼少期を大分市中心部で過ごしたオイサンに安心感を与えてくれる。
大分駅から500mも進まないうちに山にぶち当たるという
狭っ苦しい県庁所在地で育った人間にとって、
街を縁取る青垣の山は欠かせない景色の一部なのである。
谷と尾根が連続する、国東半島の特徴的な地形を感じたければ、
半島周縁部の国道213号を走ってみるとよい。
さほど長くもなく、きつくもない上り下りが連続し、
そこに確かに尾根があることを感じさせてくれる。
そして、坂を下った先には、必ずこじんまりとした橋があり、
それはそれで律儀なことであると感じさせる。
橋は、おそらく国道が整備されたときに造られたであろうコンクリート造の、
小さな親柱を持つものが多い。路面が極めて滑らかに接続しているために、
気を抜いていると、そこに橋があることすら気がつかない。
(例外は「安芸大橋」と「国東橋」くらい?)
自身が橋であることを悟られないように、擬態しているようにも見える。
大分市の大分川や大野川にかかる多くの橋がそうであるように、
「さあ、私を渡ってください」というような、熱烈アピールをしている
印象でもなく、国東の橋にはえも言えぬ奥ゆかしさを感じるのである。
(国道213号にある橋に限る?)
繰り返すようだが、この谷の底にひっそりとたたずむ橋のたもとから眺める国東の
風景が何とも言えずよい。
橋のあたりから両子山を望むと、谷間に広がる平地の奥行きを感じ、
しかしながら両脇はしっかりと尾根によって守られている安心感があり、
幼少期に近所の山で虫やら蛇やらカエルやらを
追いかけまわしていたオイサンにとって、
心の原風景と言えるような景色が広がっているのである。